真珠湾攻撃は日本軍の奇襲だと、時のルーズベルト大統領もその怒りを持って国民に戦いを呼び掛けた。しかしそれより一週間前の新聞ハワイ版ヘラルドトリビューンには「週末には日本の攻撃がある」と大きく記事が出ていたらしい。

 

日本の連合艦隊がハワイに向かっているとの情報は、大統領にも入っていたが、わざと見逃した。それは、第二次大戦に全く参加したくなかったアメリカ国民の支持を得て、日米開戦を起こしたかったルーズベルトの策略だと言う見方がある。

 

真珠湾攻撃は、アメリカを中心とした列強の経済攻撃を受けて日本が行い、欧米のアジア植民地化の最後の触手が日本にも伸びて来た物に対し、日本人が立ち上がったものである。それはアメリカ方の総大将マッカーサも後に認める所で、あの日米戦争は、日本の自衛戦争だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


原爆投下の命令を出した張本人。原爆を実際使うこと自体くるってるが、実際人格的な問題が、この人にはあったようだ。この人は、選挙で選ばれていない。前のルーズベルト大統領の急死によって、就任した副大統領。

戦争を早く終わらせる目的だったのなら、自分達に有利な条件で日本に有条件降伏させればいいだけで、無条件をあくまで飲ませようとしたのは、日本で原爆実験をしたかったと思われても仕方ない。もしくは、よそでやった原爆実験を日本に見せつければ降伏になっただろう

無条件降伏とは、一切お前たちの要求は聞かない、降伏して完全な言いなりになれという物だから、日本もなかなかそれは飲めない。 一方ドイツに対しては、条件付きにしている。新憲法の策定と、子供の教育に関してはドイツ人がしても良いと。そこでドイツは早々に降伏した。







 


オバマ大統領が広島訪問の際「バターン死の行進」を体験した米軍捕虜関係者を連れて行くと報道された。「バターン死の行進」とは、大東亜戦争中(太平洋戦争)日本軍が米軍捕虜を、移動時、長距離歩かせその為に多数犠牲者が出たと言う物ですが、これは大袈裟な捏造があるようです。

移動距離は120キロでしたが、その半分以上はトラックや鉄道が使われ、40キロほどを歩かせたようです。しかも、三日に分けてですから、まあ一日10キロちょい。小学生でも無理じゃない。病人も移動させたのは、現地に病院などがなく、ある所まで移動が必要でした。

また、米軍が前半を歩く羽目になったのは、日本兵に使われないようにと米軍トラックを自分たちで爆破していたが為でした。それをした部隊はさっさと撤退してた様です。ちなみにバターンは、フィリピンです。

うちの祖母は当時10代でしたが、重い荷物を背負い美保関、境港間往復20キロを一日で歩いたと言います。軍人が手ぶらで10キロ歩くのは比較的楽なのです。亡くなったのは病人が多く、既に出発前から疫病にやられてた彼らは、そのままにしていても多くが死んでいました。








 

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